オールドファン恐るべし

京都に行ったついでに、もらったチケットで京都文化博物館へ。「古代エジプト文明3000年の世界」。なんでいまエジプトなのかよくわからないけど、コンパクトで要所をおさえた佳い展覧会でした。…ルーブルであれロンドンであれヨーロッパ旅行で見てくるのはどどっと量があって圧倒されるばかりだからなぁ…。
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もちろんここへ来たときは、同じチケットで映画を見て帰る。
今月の特集は「犯人を捜せー社会派推理映画の世界へ」。今日のプログラムは野村芳太郎『張り込み』。ずっと以前にテレビかなにかで不完全なかたちで見たっきりだった。
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この映像ホールの観客はほとんどがオールドファン。携帯電話は必ず電源を切らなければならない(「ペースメーカーを使っている方がおられます」と書いてある掲示が切実である)。今日も満員盛況。
おしゃべり好きで映画が始まってからもおしゃべりをやめないおばさんたちがいるのには困ったものだけど(まぁ昔はそんな見方が当たり前だったんだろう)、あちこちで蘊蓄を傾けているおじいさん、そちこちで繰り広げられているオールドファン同士の映画談義が、いずれもディープでけっこうすごい。思わず耳を傾けてしまうことがよくある。
しかもどうやら、しゃべっているお隣さん同士は、特に知り合いというわけでもなく、ただたまたま映画を見に来て隣り合わせた映画ファン同士ということが多いらしい。
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今日の場合は・・・
まず、わたしの横のおじいさんが先制攻撃。
(後ろの席のおじいさんからの「今日の映画も既に見てますか?」みたいな質問に答えて)もちろん見ている。このシリーズは橋本さんの脚本が良い。でも(松本清張橋本忍野村芳太郎の社会派推理映画のなかでは)『ゼロの焦点』がいちばんいい。『砂の器』は集大成という感じですな。
「今回やってるなかでは黒澤明の『天国と地獄』もよろしいでっせ。なんせ脚本を4人で書いているから。練りに練り込んである」。(で、そこでなんでか話が飛んで)『椿三十郎』はわたしがいちばん好きな映画。
すると、その隣のおじいさんがいきなり参戦。
「わし、三船敏郎と軍隊がおんなじでしてん」
(おお!みごとなカウンターパンチ!)
どこやらの戦線のなにやら部隊の3年先輩で、おとなしくて目立たない人だった。その後、俳優になるとは夢にも思わなかった。びっくりしましたけどなぁ…。
三船上等兵、自分にはやさしくて親切だったけど、昔の軍隊のこととて何かあったら連帯責任取らされるでしょう。それで何度か殴られたこともあった。「俳優になったと聞いてびっくりしましたけどなぁ…」
それから三船の作品は全部見たそうだ。
そんなこんなの体験談からシームレスに(笑)世間に流布されたエピソード話に続く。
キャメラマンになりたくて履歴書を出しにいったのが、女の子がまちがえて俳優の試験を受けることになってしまった。試験でいったん落とされたのが、山本嘉治郎が「背中姿が良い」と言い出してもっぺん面接を受けることになった。あの山本の一声がなかったら、後の大スターは生まれていなかっただろう…
「三船のデビューはあれでしたなぁ『銀嶺の果て』」
「そうです『銀嶺の果て』。谷口さんの監督で…よろしかったですなぁ」
「谷口さんの奥さんの若山セツ子も良かったですなぁ」
 わたしは聞いていてびっくり。(…えぇっ!谷口千吉の奥さんて八千草薫やなかったの?)
「若山セツ子、自殺しましたなぁ」
「自殺でしたなぁ」
(…えぇっ!それもわたしには初耳でした)
小沢栄(栄太郎)の話などをめぐってまた三船話にもどる。
「『用心棒』の浪人姿。あれは三船にしかできませんなぁ」
「ほんまですなぁ。でも最期は気の毒でした。前の奥さんは何回か見舞いに来たけど最後にもらった若い嫁さんは一度も来なかったそうですわ。女運にはめぐまれませんでしたなぁ」
それからまた、『椿三十郎』『天国と地獄』の話にもどってきて、最初のおじいさん、ふたたび
「なんせ脚本を4人で書いてるんやから…。小国さん、菊島さん、久板さん、黒澤さん。あれほどよくできた本はほかにはありませんわ」
このあたり聞いていると「黒澤さん」であり「谷口さん」であり、まるで親戚のおじさんのことなどを語っているようだ。映画の町、京都の映画ファンにとっては名だたる映画人らも近所か親戚の偉いおじさんなのか…。
さらに親しみをこめて呼ばれるのが・・・
「こないだはここにデコちゃんの『女が階段を上る時』見にきましてな。これも何べんも見てるけどやっぱりよろしいですな」
「しかし、デコちゃんに女給の役は似合わないですなぁ」
「女給はないですなぁ。それでも、やっぱりデコちゃんらしくてうまかったですなぁ…」
…“デコちゃん”(高峰秀子)てあんたの誰ですねん(笑)。
最後はなぜか原節子の話になり、彼らふたりは「小津安二郎との噂は信じない」で一致していた。「あんなに美しい人は男には手が出せない」んだそうだ。
彼女がひっそり暮らしている住まいでひとりタバコを吹かす姿を盗撮した週刊誌のカメラマンへの非難が口にされるなか、ブザーもなんもなく時刻になれば映画が始まる。